【あらすじ】
夏と祭りを台座とした悲恋の台本です。切ないストーリが好きな方必見。
野球部の練習を終え、俺は幼なじみのさくらが入院している病室へと向かった。今日は夏祭り、縁日で賑わう街をよそに、病棟は不気味なまでの静けさだった。
※登場人物のセリフは、三田誠広「いちご同盟」の読了前提で紡がれます。読んでいなくても理解できますが、ご存知であればより味わい深くなります。
【登場人物】
恭平:高校2年生。野球部。来年のエース候補の二番手ピッチャー。
さくら:高校2年生。吹奏楽部。病気がちで今年に入ってからはほとんど登校していない。本を読むのが好き。
【本文】
恭平:さくらー、元気してたかー?
病室のドアを開ける。
さくら:ちょっと恭ちゃん、ノックくらいしてよ
恭平:着替えてたって構いやしないよ、今更だろ
さくら:もー、私は気にするの
恭平:はいはい、そんなことより、買ってきてやったぞリンゴ飴
さくら:やったー、恭ちゃん大好き
恭平:はいはい、愛のない大好きをありがとさん
さくら:寮は大丈夫?
恭平:あぁ、外出許可だしてる
さくら:そっか
恭平:ありがたく食えよな、来年のエースは練習着のままリンゴ飴を買いに来るどうしようも無い甘党だって露店で噂されてんだから
さくら:気にしすぎでしょ、自意識過剰
恭平:自意識過剰なもんか
さくら:ねーねー、お祭りどんな感じだった?賑わってた?
恭平:去年と変わんないよ
さくら:つまんなーい
恭平:相変わらずりんご飴は300円だし、綿飴は200円、あ、そういえば今年は電球ソーダは見なかったな
さくら:そうなんだ
さくら:キラキラ光って綺麗だったのに残念
恭平:あっても買ってこねーよ、恥ずかしいだろ、あんなキラキラしたやつ男が持ってると
さくら:ほんと、いい格好しいだよね
さくら:私のためなんだから良いじゃん、むしろ格好いいよ
恭平:お前が格好良いと思っても、クラスの連中は違うんだよ
さくら:そっか……
あまりのそっけない返事に違和感を感じた。
恭平:いや、別に、なんていうか、俺はプレーで格好良いって思ってもらいたいんだよ
さくら:今日の試合、観たよ
恭平:だと思った。親父さん見に来てたから
さくら:ダメダメだったね
恭平:そういう日もある
さくら:もっと練習しないと
恭平:してるよたくさん、でも相手だって負けないくらいしてるんだ
恭平:相手が上回れば打たれる
さくら:ストレートにこだわりすぎなんだよ恭ちゃんは
恭平:エースが技巧派なんだから、俺は速球派でいいんだよ
恭平:今日は球が走ってなかった、それだけだ
さくら:バッティングもダメダメだったけどね
恭平:ダブルエースで戦術を組む今の高校野球で、相手の投手は去年も一人で投げてたんだ、場数が違う
さくら:良いとこ無かったよね
恭平:フォアボールで出塁して、ダブルスチール決めただろ、あれが決勝点だ
恭平:投げても打ってもダメなら、脚を使えばいい
さくら:あのダブルスチールだって相手のショートのミスがなかったらアウトだよ
恭平:いや、あれは相手のバッテリー中心の戦術の裏をかいただな
さくら:結果論
恭平:……
さくら:……
恭平:俺たちいつもこんなやりとりしてるな
さくら:私が吹けなくなってからは…特に……ね
恭平:そうだったよな、小学生の時、へたくそなトランペット吹いてるから投球に集中できなくて文句言いに行ったんだ
さくら:あの時、ほんっとうにショックだったんだから
恭平:わりぃーわりぃー
さくら:もー、それで、県大会、優勝できそう?
恭平:五分五分かな、なにが起こるかわからないのが野球だ
さくら:今年は一度も応援いけなかったなぁ
恭平:甲子園もだめそうか?
さくら:うん、たぶん……
恭平:そうか、でもまだ来年がある。
さくら:来年かぁ、恭ちゃん、もっと凄いピッチャーになってるんだろうなぁ
恭平:まだまだ俺は上手くなってやる。来年になったら、俺がエースだ。
恭平:俺たちの代は良い選手も揃ってる。
恭平:俺以外にも投げれるやつが2人いるし、県内屈指のスラッガーもいる。
恭平:絶対(ぜってー)、アルプスで吹かせてやるよ。
恭平:さくらのトランペットが、俺たちを甲子園で勝たせるんだ。
さくら:眩しいよ恭ちゃん、眩し過ぎるよ……
さくらの顔が歪む。
恭平:なんだよ、嬉しくないのかよ。
さくら:嬉しくなんかないよ、ほんと、嬉しくなんてない。
さくら:惨めだよ、私が。
恭平:どうしたんだよ急に。
さくら:もう、吹けないよ…トランペット。
さくら:音がね、もう出ないんだよ……。
花火がはじまった
恭平:花火、はじまったぞ。一緒にみよう。
聞こえなかったフリをして、ぎごちなく話を切り出す
さくら:……
恭平:さくら?
さくら:……
さくら:ねぇ、恭ちゃん……
さくら:あたしと心中しない?
恭平:……
さくら:もう長くないみたい。
その言葉を否定したかったが、ベッドの脇に置かれた一冊の小説がひときわ異彩をはなったように見えた。
恭平:……聞かなかったことにする。
さくら:どうして?
恭平:その先に続く言葉を、俺は受け入れたく無いから。
さくら:……
恭平:……
初めに沈黙を破ったのは恭平だった
恭平:なんだよ、それ、なんでそんな事言うんだよ……
さくら:さっきね、先生に言われたの。腋(わき)の下のリンパ腺に腫瘍ができてるって。
さくら:薄々気づいてたでしょ?いくら恭ちゃんが野球バカでも、半年以上入院してるなんておかしいって気づくもんね
恭平:……
さくら:あーあ、なんでこんなことになっちゃったんだろ。
さくら:ほんと、もう何もかも嫌になっちゃう
さくら:そうだ、今度のお見舞いの時、私の部屋からラヴェルのCD持ってきてよ
さくら: 亡き王女のためのパヴァーヌが収録されてるやつね
恭平:絶対いやだ
さくら:そっか……
さくら:ごめん、言ってみただけ
さくら:恭ちゃんをね、困らせたかっただけ
さくら:……
さくら:なにか言ってよ、わたしだけバカみたいじゃん……
さくらの頬が一瞬光ったのを僕は見逃さなかった
恭平:そんな簡単に言葉なんて出てくるかよ
さくら:そうーー
さくら:私はね、話したいこといっぱいあるよ、やりたいこといっぱいあるよ
さくら:もっと演奏したかったし、甲子園に向けて恭ちゃんと一緒に頑張りたかった
さくら:恭ちゃんは勝つために、私は勝たせるために
さくら:甲子園に優勝したら、一緒の大学に入れる様に一生懸命勉強して、大学に受かったら、その日に告白する
さくら:もしかしたら、恭ちゃんは大学に行かずにそのままプロになるかもしれない。そうしたら、入団するチームの本拠地の大学に受かって、たまの休みに2人で出かけるの
さくら:そんな幸せな人生を送るはずだった
恭平:俺だって、俺だって……
言葉が続かない
恭平:もう、どうしようもないのか?
さくら:……うん
さくら:手術をすれば少しは長生きできるかもしれないけど、殆ど成功はしないだろうって
恭平:もし、手術をして失敗したら?
さくら:耐えられないだろうって
恭平:なんだよそれ、どうしようもないじゃないか
さくら:こんなことになるなら、出会わなければよかったね、私たち
恭平:そんなこと言うなよ
俺はさくらの手を握った
さくら:つらいよ、どうしても考えちゃうよ
恭平:俺がそばにいるから
恭平:最期まで
さくら:……キス、して
さくら:私の事忘れないでほしい
恭平:俺でいいのか?
さくら:恭ちゃんがね、いいんだよ
恭平:さくら、好きだ。俺の彼女になってほしい
甘酸っぱい気持ちは一切わいてこなかった
さくら:うん、よろしくお願いします
恭平:初めてのキスは仄(ほの)かにりんごの香りがした
遠くで響く祭囃子(まつりばやし)が山々に木霊(こだま)している
恭平:その夜、さくらの容態は急変した
恭平:さくらの遺骨を抱き臨んだその年の甲子園で、俺は決勝で惨敗した
恭平:先輩の誰かが、来年こそは、と檄(げき)を飛ばす
恭平:俺の夏はもう終わったのだ。
さくら:あたしと心中しない?
恭平:花火の音を聞くと、その言葉を思い出す。
恭平:俺の夏はあの病窓に囚われたままだ―。